G-SHOCK、電子辞書、デジタルカメラ――。数々の「世界初」で時代を作ってきた日本の電子メーカー、カシオ。しかしその輝かしい歴史は、たった一台のスマートフォンに飲み込まれていきました。そして再び立ち上がったのは、平均年齢60歳のベテラン技術者たち。これは、日本の「ものづくり」の原点を描く、敗北と復活の物語です。
01ただの時計メーカーではない
「G-SHOCK」。この名前を聞けば、多くの人が一度は目にしたことがあるでしょう。学生時代に使った電子辞書。一世を風靡したデジタルカメラ。そして、落としても壊れない腕時計。カシオは長年にわたり、人々の日常を支え続けてきた、日本を代表する電子メーカーでした。
しかし、その輝かしい歴史の裏で、カシオは一度、大きな時代の波に飲み込まれていました。その相手は、同業他社ではありません。私たちが毎日手にしている「スマートフォン」でした。
時代を作ってきたメーカーが、たった一台の機械に、その役割を一つずつ奪われていく。
02世界初への挑戦から始まった物語
1957年。樫尾四兄弟によって、カシオ計算機が創業されます。彼らが世に送り出したのは、世界初の小型純電気式計算機「14-A」。重さは、140キログラム。現在から見れば巨大な機械でしたが、当時としては革命的な存在でした。
ここから、カシオの「世界初への挑戦」が始まります。1983年には、落としても壊れない腕時計「G-SHOCK」を開発。1995年には、世界初のカラー液晶付きデジタルカメラ「QV-10」を発売し、デジタル写真時代の幕を開きました。
さらに2000年代には、電子辞書が日本やアジアで圧倒的な支持を集めます。そして2007年、カシオの売上高は過去最高を記録しました。まさに、黄金時代でした。
03一台のスマートフォンが、すべてを変えた
しかし、その栄光は永遠ではありませんでした。2008年、iPhoneが登場します。スマートフォンは、カメラ、計算機、辞書、時計など、これまで別々だった機能を、一台の中に取り込んでいきました。
デジタルカメラはスマホに置き換えられ、電子辞書は翻訳アプリに取って代わられ、多くの製品が次々と姿を消していきます。かつて女性たちの間で絶大な人気を誇った「TRシリーズ」も、スマートフォンの進化には勝てませんでした。
2018年、カシオはデジタルカメラ事業から撤退。そして2025年には、新しい電子辞書の開発終了も発表されます。最盛期を知る人々の中には、「カシオの時代は終わった」、そう感じた人も少なくありませんでした。
04しかし、諦めなかった人たちがいた
そんな中、社内では極秘プロジェクトが始まっていました。意外なことに、その中心にいたのは若手エンジニアではありません。50代から60代の、ベテラン技術者たちでした。
33年間カシオで働き、およそ200種類もの製品開発に携わってきた田村さん。彼は人生の大半を、デジタルカメラに捧げてきました。しかし、自らが愛した事業は、時代の変化によって姿を消しました。それでも彼は、立ち止まりませんでした。
ものづくりを通して、社会に貢献したい。その想いだけは、失われなかった。
さらに、40年間にわたり電子辞書の頭脳となるCPU開発を担当してきた、鳥山浩司さん。電子辞書事業が終了したあとも、彼は培ってきた技術を、新たな製品へと受け継いでいきました。彼らは過去の栄光にしがみつくのではなく、「次に人の役に立てるものは何か」、その答えを探し続けていたのです。
05彼らが見つけた、新しい使命
調査を進める中で、ある社会課題が見えてきました。加齢によって聞こえにくさを感じている人は非常に多いにもかかわらず、多くの人が補聴器を使いたがらない。理由は、「年を取ったと思われたくない」。そして、「耳を塞ぐ不快感が苦手」というものでした。
そこでカシオの技術者たちは、新しい発想に挑戦します。耳を塞がない「オープンイヤー型集音デバイス」の開発です。長時間つけても痛くならない装着感。人の声を聞き取りやすくする、独自の音声技術。そして、補聴器らしく見えない、自然なデザイン。
それは単なる医療機器ではなく、誰もが普段使いできる、新しい生活のパートナーだった。
06本当に時代に負けないもの
スマートフォンは、多くの製品を時代の中から消していきました。しかし、消せなかったものがあります。それは、人の経験と情熱です。
60歳を超えてもなお、新しい挑戦を続ける技術者たち。失敗を悔やむだけではなく、その経験を次の世代へとつなげていく姿。そこには、日本の「ものづくり」の原点がありました。
製品は変わる。市場も変わる。時代も変わる。しかし、「誰かの役に立つものを生み出したい」。その想いだけは、決して古くならないのです。
そして今も、カシオの挑戦は続いている。新しい時代の中で、再び人々の暮らしを支えるために。
ℹ️ 本記事は人物伝コンテンツとして、企業の歩みと、ものづくりに携わる人々の姿を紹介するものです。
